真ん中な日々 道行ゆかりの旅
歌舞伎・文楽のゆかりの地めぐり
2008.03.01 (Sat)
梅川忠兵衛の墓@大阪市天王寺区
梅川忠兵衛の物語は「冥土の飛脚」「恋飛脚大和往来」「傾城恋飛脚」と語り継がれてきたため、二人の碑がいくつかある。忠兵衛は刑死したため、本来墓はつくられない。また、梅川も近江矢橋で死んだという説がある。
ここは伝光寺(1945年(昭和20年)3月の空襲で全焼)にあった二人の墓で、安政年間(1854〜60年)に建てられたという。忠兵衛の墓には「妙法頓覚利達」、梅川の墓には「梅室妙覚信女」と刻まれている。墓の横に建っているのが「梅忠ノ碑」。
大阪市天王寺区城南寺町の一角に、置き去りにされたようにひっそりと建っている。
伝光寺跡:大阪市天王寺区城南寺町
アクセス 大阪市営「谷町九丁目」、近鉄奈良線「上本町」下車 東高津公園の斜め向かい角にあり
ここは伝光寺(1945年(昭和20年)3月の空襲で全焼)にあった二人の墓で、安政年間(1854〜60年)に建てられたという。忠兵衛の墓には「妙法頓覚利達」、梅川の墓には「梅室妙覚信女」と刻まれている。墓の横に建っているのが「梅忠ノ碑」。
大阪市天王寺区城南寺町の一角に、置き去りにされたようにひっそりと建っている。
伝光寺跡:大阪市天王寺区城南寺町
アクセス 大阪市営「谷町九丁目」、近鉄奈良線「上本町」下車 東高津公園の斜め向かい角にあり
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